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再入院、行ってきます

急性白血病 文房具

昨日、外来受診日でした。

先生はいつもの明るい調子で、「今、無菌室空いてるから入院はいつでもできますよ。明日でもいいですよ(笑)」なんておっしゃいました。

 

いやまあ当初の計画で3月の1週目に再入院して強化地固め療法をするというのは決まってたんですけどね。前回の入院中に「無菌室がいっぱいだ」という話にもなったので、なかなか入れないんじゃないかと覚悟はしていたんです。

 

さすがに「今日の明日」では病棟側も準備が大変だったのでしょう、入院は2日後の3月1日(水)に決まりました。その日を予想して有給を取ってくれていた夫、さすがです。

 

今度は前回の入院と違って相当きつい治療になると思います。一応ノートは持ち込みますが、とにかく体調次第です。ブログの更新もしばらくはお休みするかもしれませんね。頑張ってきます。

 

もちろん文房具も持ち込みますよ~! 万年筆(くまもんカクノ、キャップレスデシモEF、LAMYサファリスケルトンEF)、スペアインク(パイロットの素敵な色たちとかペリカンの古典ブルーブラックとか)、手帳やノート(日々の記録にほぼ日カズンavec、テーマ別に書くときのためにミドリMDとコクヨのキャンパス)などなど。見ているだけで癒されますからね。

正直な気持ち

急性白血病

不思議なことに、病名を告げられてから今日まで、「何で私がこんな目に遭うのよ?!」といったネガティブな気持ちを一切持たずに過ごしてきました。やせ我慢でも何でもなく、本当にそういう気持ちにならなかったのです。

 

思ったことといえば、「神様が私の人生に新しいステージを用意してくださったんだな」ということ、この一点でした。忙しく、いつも何かに追われる人生を、ウルトラCで方向転換させてもらえたような気がしていたのです。

 

入院した日には病気の詳細なタイプも判明しました。「フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ芽球性白血病」です。10年前には治療法がなく、かかったら死ぬのを待つしかない病気でした。今は分子標的薬の開発と医学の進歩のおかげでかなり治療効果が高くなったと聞きました。急性白血病の中でも割合の少ないタイプで、完治には造血幹細胞移植が必要です。

 

ただ、良い面もあります。それは、最初の寛解を目指す治療で使う薬がステロイド剤(プレドニゾロン)と分子標的薬(スプリセル)なので、脱毛やその他さまざまな副作用がないということです。

 

実際、薬がとてもいい効き方をしてくれて、白血球が激減することなく、赤血球や血小板等も減らず、2月末まで入院していないといけないところを自宅療養+外来受診に切り替えることができました。これはものすごくありがたいことでした。

 

再発率や5年後の生存率などは私がどうにかできる領分ではありません。

 

だったら、そこはもう神様にお任せして考えないでいようと決めました。

 

もし私にこの世でまだ何かやるべきことがあるのなら、きっとそれを終えるまで寿命はあるだろうし、5年生存率も私にとっては死んだら0だし生きてたら100です。それだけのことです。

 

与えられた時間をたいせつに、日々過ごしていきたいと思います。何より笑って過ごしたい。

発病~入院前日まで

急性白血病

今年度はかつてないほど生徒さんに恵まれ、非常に忙しい日々が続いていました。仕事の予定が入っていないオフの日が数カ月に1度あるかないか。体力的にもしんどかったし、家の中もかなり荒れていたように思います。ひたすら希望を持っていたのは、高3生を5人・中3生を1人担当していたので「来年度になったら今より楽になる」この一点だけでした。

 

年が明けて元旦、目が覚めたら首がこわばって回らなくなりました。続いて頭痛に悩まされるようになりました。もともと肩こり持ちで、肩こりが頭痛や歯茎の痛みにつながることはままあったので、今回もそうかと思いストレッチや体操などをしてみても改善されません。2年前に患った動眼神経麻痺の再発だと困るので、思い切って神経内科を受診したのが1月13日(金)のことでした。

 

MRIと血液検査の結果、脳から首にかけては問題なしと分かりましたが、どうやら血液検査の結果が思わしくなかったようです。神経内科の先生は「白血球が多すぎるのと、好中球のバランスもおかしいので血液の病気の可能性があります」とおっしゃいました。すぐ院内の内科に回されてそこでも同じことを言われ、早めに血液内科を受診するように手続きをすることに。早いほうがいいのなら…と1月16日(月)にお願いすることにしました。

 

その時点では、「白血球が多いのはきっと前の週にノロウイルスにかかったせいだよなあ」などと考えていました。臨床検査技師の資格持ちの息子に聞いても「まあ気楽に受診したらいいんじゃ?」と言われたし。血液の病気で検索すると白血病という単語がすぐに引っかかりましたが、思い当たる自覚症状もないし、まさかそんな大病なわけがないと勝手に思い込んでいました。

 

週明け、夫とともに血液内科を受診。紹介状に添付された採血結果を見ただけで先生は「十中八九、急性白血病で間違いないと思います。すぐ入院してください」とおっしゃいました。

 

( ゚д゚)ポカーン

 

私「…治りますか?」

先生「治ります。あ、たいていの方は治ります」

 

そうか治るのか、じゃあ大丈夫だなという気持ちと、まさかそんな、自分がそんな大病になるなんて? 家族を置いてはいけないよ? という気持ちがぐるぐる回ります。

 

 病室の用意ができるのが1月18日(水)ということだったので、手続きをして帰途につきました。途中で健康保険の限度額認定の手続きも済ませておきました。

 

実家にも電話しました。父が出たのですが、病名を告げると私以上に驚いて「それは血液の癌って言われるやつやな?」と。続いて出た母も言葉が出ない様子でした。ただ、先生からは治ると言われたということだけはしっかり伝えて電話を切りました。

 

いろいろと思うところはありましたが、とにかく現実を受け止めて入院の準備をしないといけません。翌日も仕事の予定があり、どうしても会って挨拶をしておきたい生徒さんがいたので、休まず出勤することにしました。

 

職場は駅前なので駐車場がありません。マイカーで義実家まで行き、そこから公共の交通機関を利用したり歩いたりしていましたが、さすがに歩く元気はなく。教室で室長さんと話をしてから授業に入ります。その日は90分授業が2コマ。最初の生徒さんは去年から担当している頑張り屋さんです。病名を言って、今日が最後の授業になることを告げました。2人目の生徒さんにも同様に。

 

その2人目の生徒さんは、佐藤優さんが『紳士協定』で書かれていたような、本当に馬の合う生徒さんでした。もちろん生徒さんはみんなそれぞれ可愛いんですが、何と言うか…担当できてとても幸せでした。連絡先を交換してお別れしました。

 

帰宅するとやはり疲れが出たのか、前日までは熱はなかったのに微熱が出てきました。夕食も、当分入院するならと得意料理のポテトサラダを作るつもりでしたが一人で用意するのは難しかったので家族の手を借りて何とか完成させました。

 

朝に小学校に登校する末っ子を見送った後、「退院する頃にはもっと背が伸びているんだろうな」と思ったら自然と涙がこぼれてきました。おいおい泣いたりはしなかったけど、ぽろぽろっと。

 

しばらくはこの日常生活とはお別れです。

急性白血病になりました

急性白血病 自己紹介

初めまして、hiraranです。

晴れの国に暮らす5児の母です。最近まで家庭教師・個別指導講師をやっていました(教科は中高生の文系、専門は国語)。関心があるものは音楽読書ガジェット万年筆コミック国語英語受験指導等々多すぎて書き切れません。

 

去年はてなにアカウントを作り、年末からブログを書こう書こうと思いつつ、ネタはあったんですがあーでもないこーでもないと紆余曲折するうちに年が明けてしまいました。

#ちなみにそのとき考えていたネタは「聖なる夜に物欲に悩む」とかそういう系でした。あの頃ブロンプトンが買いたくてしょーがなかったのです。

 

結果、初めての記事がこんな重いタイトルになってしまうことに。どうかご容赦願います。

 

今後は闘病の記録を中心に、ときにお気に入りのカテゴリーについて書き綴っていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。